まだ歌をはじめて間もない頃のことです。レスピーギの歌曲集を聴いたとき、『トスカーナ地方の4つの恋歌』が目にとまりました。「トスカーナ地方? トスカーナって一体どこだろう?」これがはじめてこの名を目にした時の、私の素朴な疑問でした。


ルッカの街並み

 トスカーナ地方、実は中部イタリアに位置し、地図の上ではその左半分くらいを占めます。ピサもフィレンツェも、シエナも、トスカーナ地方の町々なのです。日本の関東地方とか、東北地方とかあの言い方に似ています。私の今住んでいる所も、日本式に言うと『トスカーナ地方ピサ県、カルチ市モンテマーニョ村』となるのでしょうか。面白いのは、イタリアではその町の出身の人々を、それぞれ、ピサ人、フィレンツェ人、ミラノ人、ローマ人などとまるで外国人であるかのように呼ぶことにあります。事実、たとえばピサの出身者がフィレンツェへ行くと、同じ言語を話すにもかかわらず、ピサ出身者はそこで外国人同様の扱いを受けることが、往々にしてあります。もちろんその逆もあり得るわけで、彼らの頭の中には『イタリア』という概念はあまり存在していないようです。彼らの郷土愛の強さには驚かされるものがあります。出身を聞かれるたび、群馬県であることを恥ずかしく思う私とは大違いなのです。


プッチーニ
 さて、このトスカーナ地方には中世の面影を残す町が沢山あるのですが、Lucca(ルッカ)もそのひとつです。Lucca はピサの隣り町で、プッチーニやボッケリーニ、カタラーニという作曲家の出身地でもあります。特にプッチーニの生家は現在もそのまま残されおり、見学可能です。
イタリアで Centro Storino (チェントロ・ストリーコ)と呼ばれる中心街は、汚れたベージュ色の壁にレンガ色の屋根、そして緑色の窓というのがパターンなのですが、やはり、このLucca も例外ではありません。

Centro Storinoでは、たとえその家の持ち主であっても、壁を自分の好きな色に塗り直したり、窓の位置を変えたり大きくしたり、つまり改装・改築を自分の好きなようには出来ないのです。景観を損なわないように、とい配慮から、洗濯物も外に干してはいけないんですって。でも、そのおかげで、イタリアのあちこちの町で中世の面影を偲ぶことができているのです。

 ところでこの Lucca、何がすごいのかというと、1504〜1645年に建築されたという町をすっぽりと取り囲む城壁が、今も完全に残されているのです。高さ12m、全長約4kmにもわたるこの城壁の上を、ぐるりと一周、散歩ができるのです。こんな事ができるのは、イタリアでもこの町ぐらいではないでしょうか。

現在はきれいに舗装されているので、自転車でサイクリングよし、ベンチもあるので読書やひなたぼっこも出来ます。
その昔、かのプッチーニも、ひょっとしたらこの城壁の上を散歩していたのかもしれませんね。



著者 渡辺 智春