とくに出典の記述のない記事は、「ハンブルガー・アーベントブラット」紙 www.abendblatt.de
からの引用です。


《ベルリン・コーミッシェ・オペラ 50周年》 97年12月23日

 ベルリンのコーミッシェ(ここでは喜歌劇の意)・オペラが50歳の誕生日を祝った。招待された政財界や文化界の1000人のゲストを前にして、ベルリンの文化担当大臣であるラドゥンスキー氏(CDU)は在ベルリンの3つのオペラ座を今後も維持していくことを固く約束した。
 「3つのオペラ座は、ベルリンにはけして多すぎはしない。コーミッシェ・オペラなくしては何も考えられない」
 
 このオペラ座はWalter Felsenstein ヴァルター・フェルゼンシュタイン(1901-1975)によって1947年12月23日に建てられ、ヨーハン・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」で幕を開けた。第2時世界大戦後ソヴィエトの管轄にあったこの地区には、当時のメトロポール劇場があり、それが建て替えられてベルリン・コーミッシェとなっり、この劇場は戦後初めて定期的に公演が行われた劇場であった。
 フェルゼンシュタインは、古典的なオペラ解釈に対する対極としてのコンセプトをベルリン・コーミッシェに担わせ、オペラ座はすぐさま国際的な名声を獲得していき、これまでに25カ国で60にのぼるコンサート旅行が成された。
 祝辞を述べたかつての芸術アカデミー会長のワルター・イェン氏は、30年の長きにわたって支配人と演出を務めたフェルゼンシュタインを讃え、
「フェルゼンシュタインはあらゆる困難の中にあって常に自分自身をしっかり保っており、誰の支配下にも入らなかった。それで、あの壁が築かれたとき、彼の西ベルリンの役者達を去らせることを拒否したし、旧東ドイツを去った共演者達とコンタクトを保とうと試みていた。」
と、イェン氏はフェルゼンシュタインの記憶を語った。

著者 Cantano