とくに出典の記述のない記事は、「ハンブルガー・アーベントブラット」紙 www.abendblatt.de
からの引用です。

みなさん あけましておめでとうございます
今年もどうぞよろしくお願いします

Ich wuensche Ihnen ein gesundes, frohes Neues Jahr!



《ドミンゴの初夢》       ハンブルガー・アーベントブラット 97年12月25日

 プラシド・ドミンゴは初夢のなかできっとウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを振っていたに違いない。
 このオペラ座の監督でもあり、指揮者でもあるスペインのスター・テノールは、97年のクリスマスに特別な贈り物をねだった。ウィーンの日刊紙「スタンダード」に語ったところによれば、ドミンゴのほんとうの夢は『いつかウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを振ること』であるそうだ。
 すでにウィーン楽友協会大ホールそのコンサートを振ってきたアバド、クライバー、カラヤンといった偉大な指揮者たちと、ドミンゴは自分を比べているらしい。なぜなら
『私はワルツを自分自身の中に持っているから』
 
 ドミンゴは彼自身のキャリアの終わりをまだ感じてはいない。『私がその時を感じる日、それはとってもつらいことだろう、わたしはある公演の後、舞台へ戻り、さよならを言わなければならない』


 ドミンゴが優秀な指揮者かどうかはさておいて、絶対にニューイヤー・コンサートを振らせてはいけないと思う。ドミンゴのライバルであるイタリアのスーパー・テノールが黙ってはいないでしょう。「俺にもできるよ!」って。皆さん想像できますか? あのP氏が花に囲まれたあの楽友協会の舞台で白いハンカチを振りながらワルツを指揮するのを・・・。


著者 Cantano