とくに出典の記述のない記事は、「ハンブルガー・アーベントブラット」紙 www.abendblatt.de からの引用です。

「ブラームスはチリ生まれ」の謎

南アメリカの音楽学者、ヨーロッパの同僚からひんしゅくを買う 2月5日

 チリの音楽学者、Juan Maria Solare氏が「ブラームスはチリで生まれた」との新説を発表し、学会から大きなひんしゅくを買った。

 ブラームスは1833年5月7日ハンブルク生まれとなっているが、すでに2月6日にチリの北部の炭坑の町Copiapoで生まれたとのこと。さらにソラーレ氏は、当時ブラームスの父ヨーハン・ヤーコプが、チリのフィルハーモニー協会の招きで演奏旅行中であり、その時臨月に近かった彼の妻を連れてチリを訪れていたと主張した。ブラームスの誕生後信仰深いその母は、その子にその地区の教会で洗礼を受けさせることを望んだ。というのは、そのか弱い乳飲み子が、長い帰国の旅にとうてい耐えられないだろうと恐れたからであった。

 何やら最もらしく響くが、リューベックのブラームス研究の第一人者、クルト・ホーフマン氏は「カーニバルのおふざけ」として、一笑に付し、「当時フィルハーモニーのチリ旅行は知られていない」と反論。ハンブルク州立図書館のユルゲン・ノイバッハー氏も「まったくばかばかしい戯言」と相手にしていない。

 最後にはソラーレ氏は「あれはいたずらだった」と白状した。彼はこのことによってヨーロッパの人たちに彼らのヨーロッパ中心主義を警告をしたかったのだと言う。
 「彼らはヨーロッパの外にはどこにも文化なんかない、と思ってるんだ。」とソラーレ氏。

Cantano ノイバッハー氏には以前ブラームスの事についてインタヴューしたことがり、その温厚な顔を覚えている。新MGGの執筆も担当したあの人が激怒ったのが目に浮かぶ。ソラーレ氏は、アルゼンチンのブエノスアイレスの図書館で、ヨーハン・ヤーコプの上記の事柄を書いた手紙を発見したとも嘘を付いており、これはシャレではすまないと思う。「ヨーロッパの外にはどこにも文化なんかない」って、みんな今度は本当に思うんじゃないかな?


著者 Cantano