世界の演奏家のホットな活躍ぶりをお伝えします

 このコーナーはドイツ語圏担当の筆者Cantanoがハンブルクよりお届けする、ここで催されたいろいろなコンサートの評です。私自身は声楽家なため、やや歌の演奏会が多くなるかもしれませんが、なるべくいろいろなジャンルの演奏会評をお届けしようと思います。
 ハンブルクはドイツでも有数の音楽消費都市で、多くの演奏会が開かれるため、きっと皆さんがごひいきの演奏もこの町を訪れると思います。情報源のなかで基本になるのはおなじみ「ハンブルガー・アーベントブラット」。つまり「毎朝」届けられる『夕方( Abend )新聞(Blatt) 』です。いきなりくだらないことを言ってしまいましたが、内容は格調高く、ハンスリックのような音楽界に論説による足跡を残すこと・・・などはあまり考えず気楽に書いていこうと思っております。

 新聞から訳したときは、いっさい個人的な意見は差し挟んでいません。もちろん途中を省略することはありますが、勝手な個人的解釈は避けてあります。ただし私がコメントをしたくてたまらいときには、文章の最後にイタリック体で書くことにします。
 自分で実際に足を運んだ演奏会については、もちろん自分の言葉で書きます。その時には “Cantano”の署名を入れます。


 
《ハンブルク・オペラ週間97》 Cantano  26.August 97

 今年のヨーロッパは異常気象である。ポーランドとの国境沿いでは「今世紀最悪の洪水」があり、この夏は各地で観測史上初の猛暑を記録している。北海もバルト海も過去最高の水温を記録した。
 夏の音楽界も異例の充実を見せた。例年であれば一人か二人のスーパースターがやってきて「この夏の目玉」などと言われたりするのだが、何と今年は目玉どころか火の玉が立て続けにやってきた。

 ジークフリート・イェルーザレム、エヴァ・マルトン、ウラディミール・チェルノフ、
 ホセ・カレーラス、フランシスコ・アライサ、ヴァルトラウト・マイアー、ネイル・シコフ、
 アグネス・バルツァ、そしてエディタ・グルベローヴァ
が、

 8月20日から24日までの5日間に歌ったのだ。オペラファンにはたまらないだろう。

 Verdi-Gala(シコフ、チェルノフ)、Puccini-Gala(マルトン、アライサ)と来て、ハイライトのオープン・エアー・オペラ・ガラが22日、今年100際の誕生日を祝った市役所前の広場で一万人を集めて行われた。主役はもちろん、ホセ・カレーラスとアグネス・バルツァ。長く炎天下が続いていたのに、この日に限ってちょっと雨模様で残念だったが、演奏が始まる頃にはほとんど雨は上がって一安心だったようだ。僕は残念ながらその場にいなかったので、専門家の意見を借りることにしよう。

 ハンブルガー・アーベントブラットによればカレーラスが歌ったのはまず、トスティの「マレキャーレ」。ここでは彼はヘルデン・テノール的な曲の終わりの盛り上げを鋭く作り、即座に自身をアピールした。一方バルツァは、「フィガロ」から「恋とはどんなものかしら」を歌うが、もちろんこの役は彼女の声域にこそ合え、彼女の役どころではなく、やや危なげな感じであった。
 後半、カレーラスが『十八番』の「グラナダ」とテノールの永遠の名曲「カタリ、カタリ」を披露し、舞台が「リクエスト・コンサート」の趣に傾く一方、バルツァは交互に「カルメン」から「ハバネラ」などを挟み、舞台装置が無くとも、まるでオペラを見ているかのように響かせた。
 この劇的なディーバが「ジャンニ・スキッキ」からの「O mio babino caro」を歌ったのは、もちろん表向きには良かっただろうが、声から考えればやりすぎだった。
それでもそれを補ってあまりあるほどの魅力と香気があった。この夜の終わりにはレハールのオペレッタからうっとりとさせるいくつかの曲が歌われ、それが終わると感激を巻き起こし、5回のアンコールが続いた。

 カレーラスはコンサートに先立って市内の病院に白血病患者を訪ね、励ましの言葉を送った。歌に優しさがあふれていると感じるのは私だけではないだろう。
 当日夜10時頃私は市内を通ったのだが、雨上がりのもやの中、市役所前が異様な熱気に包まれているのを見た。ぜひ聞きたかったのだが残念・・・。僕の友人の話では、近くの広場に来ている夏の名物移動遊園地(Domドーム)が毎金曜日恒例の花火を打ち上げたため、一部聞き苦しいところがあったという。オープン・エアならこういうところを気をつけないといけませんね。


 8月24日、ハンブルク・オペラ週間を締めくくったのはエディタ・グルベローヴァ、名付けて「狂乱の場 ― ガラ」。こちらはムジーク・ハレで行われた。今月の音楽雑誌「オペラ・グラス」はグルベローヴァ特集を組んでいたのだが、それによるとグルベローヴァは、ハンブルク歌劇場から次の次のシーズンに「ルチア」の依頼があったとき『またルチアですか?』と漏らしたとか。もう新しい演出に入っていく気持ちの余裕はないのだという。
 売り切れという声があったが、まだいくらか空席があったようだ。しかしそれもアーベントカッセで飛ぶように売れた。会場は―ハンブルクではめずらしく―開演前の早い時間から入る人が多く、すごい熱気。外は30度近かったので、普段はひんやりしているムジーク・ハレもさすがに蒸し暑い空気に満ちていた。
 彼女をエスコートするのは今年40周年のハンブルク・シンフォニカー。指揮はラルフ・ヴァイケルト。この種の演奏会の場合、どうしてもオーケストラによる序曲などは「前座」的になってしまうのだが、記念の年を飾るべく今年は意欲的なプログラムでがんばってきた彼らには真剣なものが見えた。指揮のヴァイケルトも気合いの入った指揮でグイグイ引っ張る。

 一曲目のオーベール作曲 『 ポルティーチの‘おし’ 』 序曲のきびきびとした演奏のうちに、会場にはしだいにプリマドンナの登場を待ち受ける雰囲気が高まるのがわかった。序曲の演奏が終わり、思いのほか心のこもった拍手が指揮者とシンフォニカーたちに贈られた後、いよいよ『完全なコロラトゥーラ・ソプラノ』が舞台に姿を見せた。そのとたん割れんばかりの拍手と、ブラボー!!。え?出てきただけでいきなりブラボー?という気もしないではなかった(せめてBrava!では?)が、少し冷めた北ドイツ人がここまで興奮するのもめずらしい。美しい銀色のドレスに身を包んだグルベローヴァは、とても優雅な身のこなしで拍手に応え、自分のポジションにゆっくりと移っていった。
 もういい加減にしたら?というくらい長く続いた歓迎の拍手がようやく静まると、指揮者は躊躇なく曲に入る。何を歌うんだっけ、とあわててプログラムをのぞくと、なにやらフランス語・・・。アンブロアズ・トマ作曲の 『ハムレット 』 からオフェリアの狂気のシェーナとアリア。え?知らないっ! 勉強不足だな、こりゃ。皆さんはご存知?

 グルベローヴァのフランスものは初めて聞くけどとってもきれい。歌手生活30年を感じさせない相変わらずのみずみずしい声と、バランスの良いコロラトゥーラ。語りの所では言葉一つ一つがはっきりと聞こえ、ピアニッシモでもまったく音楽が弱くならず・・・。すばらしい、の一言。最初の数小節でもう鳥肌がゾーっとたった。ちなみにドイツ人は《ガチョウの肌》という表現をする。まさにそれだ。僕のいるのは最上階の3階だが、声はとても近く響く。オーケストラは「オケってそもそもこんなに繊細なピアノで演奏できるんだ」と思ってしまったほど敏感に歌手のピアニッシモに対応している。クライマックスでは思わずのどをゴクリとしてしまった。聴衆の拍手はまさにすさまじい。ハンブルクで今まで聞いたこともないほどだ。

 1曲目からすごい曲を聴かされてしまった。まだ、ラメルモールのルチアが後半にあるというのに・・・。大歌手でも1曲目はエンジン全開まで行かないことがままあるが、「世紀の歌手」グルベローヴァにはそんなことはないようだ。

 2曲目はおなじみ、『清教徒』から「あなたの優しい声が」。こちらはよく聴く曲でもあるし、一応気持ちが落ちついたので冷静に聞けた。彼女はメッサ・ディ・ヴォーチェ、スビト・ピアノなど、鋭く磨き上げられたテクニックを存分に発揮し、われわれを魅了してくれた。
 休憩にはいると、会場からは言いようもないような「ため息」。誰も声の芸術に圧倒されているという印象だった。

 後半に入って一曲目は彼女の代名詞『ラメルモールのルチア』から「狂乱の場」。私は常々この邦訳はあまり良くないと思っているのですが、どうですか?「狂乱」ていうとなんかヒステリックに髪を振り乱して叫び回る人間を想像しませんか? この場は、少しそれと違うような気がするのです。まあ、もっともドイツ語で「Wahnsinnsarieヴァーンジンスアーリエ」なんて言われちゃうと、なんかもう喜歌劇のようですが・・・。それよりはいいか。
 彼女の動きは少ないのだが、その最小限の動きとしぐさの中に、まるでさっきからオペラをまるまる一本見ているかのように錯覚を起こさせるものがあった。声は最高音まで鈴のように純粋で、真珠のように光る歌い回し。フルートも好感の持てる伴奏を聞かせたが、今日ばかりはフルートの持つ息の漏れる音、どうしても付いてしまうヴィブラートが耳に残ってしまった。もっともその女性フルート奏者は演奏後、会場からも、偉大な歌手からも大きな拍手をもらっていた。

 プログラムの最後はドニゼッティの『アンナ・ボレーナ』から「あなたたちは泣いているの?」。これはだめ押し。この曲がなくて、アンコールも無くても僕は怒らなかっただろう。
 そのアンコールは不思議なことにプログラムにちゃんと載っているのだが、プリマドンナ自身のドイツ語による告知があった― 美しい声で『Noch eine Arie,aber ohne Wahnsinn... (もう一曲、アリアを。でも「狂気のない」のを・・・)』 ―そして始まった同じくドニゼッティの『シャモニーのリンダ』からカヴァティーナ「この心の光」。ようやく「狂乱」から解放された清澄な曲であり、演奏だった。

 聴衆の万雷の拍手は止まらず、グルベローヴァは何度も何度も舞台に呼び戻された。コンサート・エージェントの代表にいたっては、ひざまづいて花束を渡していたが、さすがに今日はそういう行動があまり嫌みに見えなかった。
2時間以上にわたるコンサートだったが、私は立ちっぱなしだったにも関わらず全く疲れを感じることがなかった。

外はまだ暑く、熱帯夜のよう。でも今日はよく寝れそうだ。

Cantano