とくに出典の記述のない記事は、「ハンブルガー・アーベントブラット」紙 www.abendblatt.de からの引用です。


《ショルティの遺言?》 97年11月12日

 今年9月5日になくなった巨匠、ゲオルグ・ショルティ氏が、なくなる直前の9月初頭に、自伝の最終的な校正を終えていたことわかった。
 [ショルティがショルティについて Solti ueber Solti]と題された本はミュンヘンのキンドラーKindler社から49マルク90で出版されている。この中でショルティは、彼の今までの豊かな音楽生活の多くの分岐点について語っており、また多くの偉大な同僚達についてもコメントしている。その一例をご紹介する。

フルトヴェングラー:
 『クレンペラーの意見と違って私は、フルトヴェングラーが天性のオペラ指揮者であったわけではないとは思わない。彼は素晴らしい音楽家で、自らを音楽の中で深く表現することができた。
 しかし彼は確かに声楽家と友に「ブレス」していたわけではない。私は彼がオーケストラピットに立っているとき、私はいつも変な印象を受けたものだ、彼があまりその場所にはふさわしくないとね。それでも私は彼から自由なフレージングという観点で、大変多くのことを得た。それは私がトスカニーニからは学ばなかったことだ。
 私はいつも努力していたことは、トスカニーニの力強さと、フルトヴェングラーの柔軟さを混じり合わせることだった。』

コダーイ:
 『子供達を音楽の中で、しかも歌をその一歩として教育しようとする彼のメソッドは、論理的で、天才的なものだ。なぜなら歌は、音楽の中で最も自然な演奏形態であるからだ。』

カール・オルフ:
 『悪いが、私は彼の音楽は好きではない。例え彼の作品のいくつかが劇場効果という点で、純粋に優れているとしてもだ。
 1951年の初めに私は彼の〔アンティゴネ〕の初演をしたが、あれは全く信じられないくらい反復の多い様式で書かれているんだ。全部15回くらい繰り返されている。それによって、もっともバカな聴衆にも最後には理解されるようにね。
 あるプローベの時にオルフは私に、ある決まった場所を違ったようにに演奏することを頼んだんだ。その場所は彼がストラヴィンスキーの〔エディプス王〕から盗作したパッセージだったから、私はやけばちに言ってやったんだ。』
 『ああ、この小品(Stueckchen)知ってるよ、でもエディプスの中ではもっと速いんだけどなあ

著者 Cantano