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 リストのエテュード『超絶技巧練習曲集』の聴き比べ。
この記事は《レッスンの友1997年11月号と連動しています》

このページでは著作権の関係から、どれもほぼ30秒しか聴けないのが残念ですが、さわりの部分だけでも、そのピアニストがどういう演奏をするのかは、伝わってくるでしょう。ちなみにサンプルは、あなたのインターネットへの接続スピードに合わせて、適切なものが自動的に選ばれるようにしてあります。このページでは、ISDNならステレオで、28.8のモデムではモノラルのどちらかです。それでも夜間など混んでいるときは音が途切れるかもしれません。ご了承ください。

 『超絶』をCDで聴くとき、まず第一に思い浮かぶのは、なんといってもLazar Bermanのものだろう。

 ライナーノートによると、ベルマンはアメリカでの1976年1月14日の鮮烈なデビュー以前、20年間にもわたって「伝説のピアニストがソビエトにいる」という噂がささやかれていたという怪物だ。このCDはその伝説の元となった1963年のモスクワ録音のものだが、これはまさに【壮絶】の名につきる。
ピアニストの眼からも、これは驚異である。自分の経験から言っても、これだけすさまじい迫力でこのエテュードを弾ききるには、まずレスラーにも匹敵するような強靭な体力と腕力、それを自在に操る大変な量の練習が必要であることは間違いない。音楽的にどうこう、などという議論の前に、まず彼の演奏がもたらすショックを存分に浴びてもらいたい。並のピアニストだったら、こうは弾けないよ。腕はふにゃふにゃ、指はぼろぼろになるのが関の山かな...。


さて「マゼッパ」、これは凄い!。この出だしはまだおとなしい方で、後半、どんどんエキサイトしていっても崩れない。まさにロシアの大地を駆け抜ける重戦車。私の腕回りは30cmなのだが、ベルマンは45cmはあるに違いない。《レッスンの友》には書ききれなかったけれど、テクニックって指先だけじゃないよ。
腕を鍵盤にあずけただけで、ばうん、という味のある音が出て、それを元手に自分の音楽を構築してゆく、ていうのは教えられるものじゃない。和音ひとつとっても、鍵盤の上からだけではなくて、犬かきのように前から後ろへと抜く方法、バタフライのように掻き分ける方法、腕力で押し込む方法、などなど....。

「鬼火」。ベルマンの凄いところは、腕力にものを言わせた「マゼッパ」の後で、「鬼火」の軽やかな舞を披露してしまう点にもある。なんでレスラー並の腕を持った人が、こうも軽やかに鍵盤を舐めることができるのって? 一言でいえば、指の先までのトレーニングがきちんと出来ているよ、という事なのだが、3度と6度の重なったテクニックで一世を風靡したいのなら、高校時代にショパンのエテュードで一通り訓練を積んでおかないと駄目かな。柔軟な筋肉になるよう、練習方法も工夫をするといいでしょう。

 Claudio Arrauのリスト。このCDはAmsterdam, Concertgebouw,1974年の録音です。アラウについては申すまでもないでしょう。ベルマンとは違い、クリアーな音を積み上げて行きます。アラウの演奏は個人的にはあまり好きじゃないが、「マゼッパ」も「鬼火」も、ちょうど良い早さで弾いているので、フレーズのまとめ方など初心者にはおおいに参考になるでしょう。でも、この早さだといろいろ「アラ」が見えてくるので気を付けないとね。メカニカルなテクニックが追いつかない部分は美学的によく練り上げてあげます。

 Boris Berezovskyのリスト。こちらはずっと新しくなって1995年の録音です。ベレゾフスキーはもうご存じでしょう。1990年の第9回チャイコフスキーコンクールに於いて19才の若さで優勝した、モスクワ生まれのロシアピアノ界の正当な継承者です。
このCDはベルマンの成し遂げた「リスト」への挑戦状だろうね。ベルマンが北極グマとしたらこちらはシベリア狼。美的なセンスと鮮烈な情熱が渾然一体となった演奏です。こういう世界を心眼に捉えようと思ったら、失礼かもしれないが、狭いごみごみした所で練習を続けていると、大変な努力がいるでしょう。ロシアの大地に栄れあれ。近年、世界各国のコンクールに旧ソビエト連邦の出身者が数多く出てくるようになり、特徴的な演奏を披露してくれるようになったけれど、彼らのすごいところは、その層の厚さにあるでしょう。

「マゼッパ」。なにげなく弾ききってしまうけど、至るところでプロの眼を「ひゃ〜」といわせるテクニックを持ち合わせています。もちろん腕は柔らかい。このようにすると、演奏の幅や多彩な表現へとつながる『自由』を獲得できるのをご存じだろうか? もはや、器用な指先に物を言わせてぱりぱり弾きまくるだけでは、苦戦になると言わざるをえない。「鬼火」もそうだ。「え、なんでこれが可能なの?」というキレと、美しいピアニズムで虜にしてくれる。

こういう独特の(吸引力)のようなものは、絶妙なフレーズの作りと緩急からもたらされるのであろうが、彼にはこれが備わっているのかもしれない。私はこういう(吸引力)を「血がさわぐ」と言っているのだが、リスト物を数多くレコーディングしているJorge Bolet(ホルヘ ボレット)の演奏などでも、お目にかかる事があります。
血が共鳴してしまうと、その演奏から抜け出せなくなるタイプのもので、ラテン系によくありますね。「聴けて幸せ」という至福につつまれるような有り難い演奏とはちと違います。私自身は血がさわぐほうがイイ...。
ちなみにボレットは戦後の駐日アメリカ軍の音楽監督もしていたなんて、知っていました?


 さて最後は、先日、惜しくも帰らぬ人となったSviatoslav Richter。
このCDはなんと1988年(73歳)のライブ録音!『超絶技巧』は全曲ではなく、No.1,2,3,5,7,8,11,10という順番で入っていて「マゼッパ」は無いかわり、「灰色の雲」や「ため息」が入っています。
「鬼火」。これを73歳で弾けるのだから偉大である。そりゃ早い跳躍などは無理になって来てるから、そういう曲ではいろいろ怪我もしているが、鬼火ではそれを感じさせない演奏を披露してくれています。もともと派手な人ではなかったし、辛い点をお付けになる方もいるでしょう。しかし、素朴な語り口のなかにも、ライブならではの緊張感と、全体のまとめ方に年季を経たうまさが漂います。

「ため息」-『3つの演奏会用練習曲』はリヒテル追悼の意です...

ゾルタン・コチシュについては、また項を改めることとしよう。


 続く... C.Tanaka



Recording 1963 Moscow
MERODIA VDC-1132

Mazzepa

Feux-Follets









Recording 1961
PHILIPS 456 339-2

Mazzepa

Feux-Follets









Recording 1995
TELDEC WPCS-5615

Mazzepa

Feux-Follets









Recording 1988 (ライブ)
PHILIPS PHCP-5256

Feux-Follets

Un sospiro